人物・来歴
アラコ(現:トヨタ紡織)のサラリーマンだった素人時代から本名の冨田弘司名義で『笑っていいとも!』『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』など様々な番組に出演し、第28回『発表!日本ものまね大賞』でグランプリを獲得後本格的にプロ転向。「あれっ?髪切った?」、「んなぁーこたぁーない」というフレーズを用い、タモリのものまねの第一人者となる。テレビにあまり出演していなかった時は頭髪があり痩せていて現在よりもタモリに似ていた。その他、大橋巨泉、板東英二、桂歌丸、笑福亭鶴瓶など多数のレパートリーを持つ。「重箱の隅をつつくメドレー」と称する、有名人のちょっとした仕草など細かいものまねを身上としている。
冨田弘司名義の時に「笑っていいとも!」に2度ほど出演している。一度は冨田のタモリまねネタがまだ有名でなかった頃、「真夏のそっくり当てまショー」という企画(1997年9月3日放送)でタモリのそっくりさんとして登場(夏休み期間に行われた企画のグランドチャンピオン大会で、第1回から第6回までの優勝者と新人4人が出場した。冨田は新人4人のうちのひとり)。このときが、タモリ本人の前で冨田が彼のものまねを披露した(現在確認できる限りでは)唯一の機会である。
もう一度は「松村邦洋プレゼンツものまねクイズ僕らは謎の三銃士」という企画(1998年9月30日放送)で、松村邦洋・御本人・ものまねが得意な素人の3人を声だけで識別するクイズ。このときは1.松村邦洋・2.松村雄基・3.冨田の順番で一言ずつ「イソップゥ!」等と話したが、どうも3番は松村邦洋っぽいという展開になり、解答者の東野幸治は「どうですか? 掛布さん」とネタフリをすると冨田は物まねで見事にこれに対応し、東野は「バレバレじゃないですか。」となり、誰もが3番は完全に松村邦洋と思ったが正解発表で3番が冨田とわかり皆を驚かせた。冨田は、「松村邦洋がマネする松村雄基」と「松村邦洋本人」(更に「松村邦洋がマネする掛布雅之」)のまねをしていたのだ。出てきた松村邦洋は立場がなく、落ち込んでいる様子だった。なお、このときはタモリのまねはしていない。
コージー名義となって以降、(無許可でやっているため)タモリとの公式な共演はない。原口あきまさが明石家さんまと多く共演しているのと対照的である。またコージーのタモリのものまねが定着して以降、タモリがステレオタイプを嫌ってか、「髪切った?」「んなぁーこたぁーない」と話す機会は激減している。
素人時代から頭髪が薄かったが、その後異常に禿頭化が進み、プロ転向後はスキンヘッドにしている。その為、モノマネのネタに応じてその都度カツラを被り換える。かねてからカツラ・増毛疑惑があり、自虐ネタにもしているタモリは、この頭を見て「あんた、よくその髪型で俺のモノマネやれるよなー」と冗談めかして言ったとコージー本人が語っている。
音声をまねる声帯模写、外見をまねる形態模写に対し、自分のものまねは性格模写であると本人は語っている。また『さんまのまんま』出演時には、「レパートリーを新しく開発するよりは、今ものまねできる有名人の細かい仕草のものまねを開発していきたい」と発言した。
2001年に第38回ゴールデン・アロー賞芸能新人賞を受賞。該当年度(2000年度)は原口あきまさと組んだ仕事が多く、2組受賞かコージー・原口のペアで1組という扱いになるかとも思われたが、結局コージーだけが受賞した。
現在はコロンブスと共に仕事をする事が多い。また、石橋貴明と公私共に仲が良く、麻雀仲間でもある。そのため「普段の石橋貴明」というネタも持っている。
無名時代はものまねパブで働いていた事があり、当時結構ギャラも良く下積時代の芸人にありがちな貧乏での苦労をした事が無いと「徹子の部屋」で発言している。
女子プロレスのファンである。