ぼやき漫才
世相を槍玉に上げては、とんちんかんな難癖を付ける「ぼやき漫才」の第一人者。一般的なしゃべくり漫才とは趣を異する、この「ぼやき漫才」のつかい手には、幸朗の師匠の都家文雄・静代、東文章・こま代らがおり、前者は主に社会風俗、後者は映画を題材にぼやき一時代を成していたが、1982年に幸朗が他界して後には、継ぐ者が殆どおらず廃れてしまった。
人生幸朗・生恵幸子は世相のみならず、流行歌の歌詞にケチをつけ歌謡漫才の要素を加味した事で、人口に膾炙した。このため幸朗・幸子に扱き下ろされれば、歌手として一人前という風潮さえあった。
代表的な進行例:
- 冒頭で幸朗が「浜の真砂は尽きるとも世にボヤキの種はつきまじ」と石川五右衛門の辞世の句を捩る。幸子がすかさず「キザなこと言うなこのハナクソ!」と突っ込む。続いて「(幸朗)わたしのこと、みなボヤキやあ、ボヤキやあ言うてねえ」「(幸子)当たり前や。誰かて言わはるわ。ボケ!」「(幸朗)しかし、みなさん、これは私がボヤクのやのうて、今の世の中が私をボヤかしまんねん」というパターン。そして「まぁ皆さん聞いてください」と聴衆に語りかけ、その当時の世相・ニュースを斬り始める。
- 「(幸朗)電車の線路のそばに住んでて、警報機の鐘、あのカンカンカンというのがうるそうて寝られん言うて、警報機の線を切った奴がおる。そんなもん切ってどないすんねん。あの警報機の音で近所の住人の安全が守られとる。あのカンカンカンという音を聞いて、ああ空襲やなと思うんやないか」「(幸子)なにー?あほか」
- 「(幸朗)満員のバスで、子供が前に飛び出したから、運転手急ブレーキかけよった」「(幸子)まあ。危ないやないの」「(幸朗)幸い子供は無事やったんやけど、急ブレーキやったもんやさかい、吊り革持たんとボーっと立っとったオッサン、仰向けにひっくり返って、そのこける格好がおかしいと乗客大笑い、誰も手ェ貸してくれよらん!」「(幸子)え~っ!!そんならアンタもわろとったん?」「(幸朗)じゃかましいわい!!いやしくもワシは正義の味方や、そんな事見て黙っとれるかい!」「(幸子)まあ。えらいやないの。助けたげたンか」「(幸朗)黙れ~!!!話は最後まで聞け!!」「(幸子)何やねん一体!!」「(幸朗)助けたくても助けられるかい!!」「(幸子)なんで!?」「(幸朗)こけたン、わしじゃ!!」「(幸子)アホか!!」
- 田中角栄の金権政治などを批判すると観客の盛大な拍手をうけた。このときは幸朗は顔を真っ赤にして口泡激しくがなりたて、幸子に「あ~あ。デボチン(大阪弁で額のこと)に汗かいてェ」とツッコまれたりされる。
- 途中で幸子が流行歌(森昌子「せんせい」・水前寺清子「いつでも君は」など)を聴くに耐えぬ金切声でひとしきり歌い(歌の最中にも幸朗は細かい突っ込みを入れる)歌い終わる頃に幸朗が「とまれ~!ストップ!」と号令を出し歌を終わらせ、「善良なお客さんを前にして、何という耳障りな歌を歌いよるかァ!…愚かなる女め」とやり込める。幸子が負けずに「○○の○○という歌やで!」と言い返す。すると幸朗は「そんなもン 言わいでもわかってるわい」と口答えするので、幸子が「ホナ、ごちゃごちゃ言うなこのヨダレクリ(またはウズラ)!」と幸朗をやり込める。
- そして幸朗が「このごろ、わけの分からん歌が多すぎる!」と流行歌の歌詞を次々と槍玉に上げ始めると、幸子は「そら!お客はん始まりましたでえ!」と煽る。
:「リンゴは何にも言わないけれどリンゴの気持ちはよく分かる」(並木路子「リンゴの唄」)→「リンゴが物言うか!リンゴが物言うたら果物屋のおっさんがうるそうてかなわんやないか」:「昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ」(井上陽水「東へ西へ」)→「当たり前やないか!そんなら昼寝すな!」:「私のかわいいところどこでしょうか」(松本ちえこ「恋人試験」)→「己で勝手に探さんかい」:「川は流れる 橋の下」(五木ひろし「愛の始発」)→「当たり前や。橋の上流れとったら水害やがな」:「一所懸命育てた鳥でさえ窓を開けたら飛んでいく」→(五輪真弓「約束」)「当たり前やないか。鳥かて羽があんねん、飛んでいくよ。飛んで嫌なら金魚飼うとけ!」:「波よ教えておくれ 私の明日はどこにある」(都はるみ「おんなの海峡」)→「長生きせえよ。波が物言うか!」:「ときめくハートがその証拠人生が今キラキラと近づいてくる」(竹内まりや「不思議なピーチパイ」)→「何ぬかしとんねん。なんでわしがお前に近づいていかなあかん!馬鹿にすなぁ!」「人生が違うの!あほか!」:「カリッと音がするほど小指を噛んで痛いでしょう 痛いでしょう」(西城秀樹「ブーメランストリート」)→「当たり前やないか!誰でも小指噛んだら痛いわ!」:「あなたが噛んだ小指が痛い」(伊東ゆかり「小指の想い出」)→「誰が噛んでも痛いわ!」:「探し物は何ですか」(井上陽水「夢の中へ」)→「ほっとけ!!」:「見つけにくいものですか」(「夢の中へ」)→「知るか、そんなもん!!」:「それより僕と踊りませんか?」(「夢の中へ」)→「馬鹿にすなぁ!」「誰が踊るか!!」:「まだ探すんですか、踊りましょう」(「夢の中へ」)→「どつき回すぞ!!」:「祭りも近いと汽笛は呼ぶが」(五木ひろし「ふるさと」)→「汽笛が物言いまっか。汽笛が物言うてみ、駅の近くの人らやかまして夜ねられへんがな」:「洗いざらしのジーパン一つ」(「ふるさと」)→「ジーパン一つでうろうろすなよ!」:「西の空が溜息ついた」(松山千春「残照」)→「西の空溜息ついてみい!九州の人、やかまして夜寝られへんがな!」:「海は振り向かない」→(西郷輝彦)「当たり前や!ほんなもん海が振り向いてみぃ、船ぇ元の港へ逆戻りじゃ!」:「若葉が街に急に萌えだした」(天地真理「若葉のささやき」)→「若葉が燃えるか!あんなもン燃えて見ィ。消防署のオッサン忙しいてどもならん!」:「君のひとみは10000ボルト」(堀内孝雄)→「人間の目ン玉電気か!」:「猫ニャンニャンニャン、犬ワンワンワン、蛙もアヒルもガーガーガー」(あのねのね「ネコ・ニャンニャンニャン」)→「どついたろか!!もっと責任ある歌歌え!!」:「かもめはかもめ」(研ナオコ)→「当たり前や!」:「アケミという名で十八で」(千昌夫)→「アケミ言うたら皆18かい!!うちの近所のアケミは68や!!」:「そっとしときよみんな孤独でつらい黙って夜明けまでギターを奏こうよ」(千賀かほる「真夜中のギター」)→「近所迷惑やがな!夜明けまでギター奏いとったら『やかましわ!静かにしたらんかい!!』って怒鳴りに来るわ!!」:「A・B・C、A・B・C、あー、E気持」(沖田浩之「E気持」)→「(間髪入れずに即ギレして)馬鹿者ぉ!!」
- こうして歌のボヤキが最高潮に達した時、「(幸朗)責任者出てこい!」「(幸子)出てきたらどないすンのン」「(幸朗)謝ったらしまいや!」。ここで幸子が一喝。「(幸子)アホ!いつまでぼやいてんねや、この泥亀!」(あるいは「人が黙って聞いとったら、いつまでいちびってんの。ほんまに~!」または「いつまでしゃべっとんねん。このヨダレくり!」)「(幸朗)かあちゃん堪忍!」「(幸子)何がかあちゃんや!」「(幸朗)ごめんちゃい!」と言って両手を頭の上に持っていって股を開く。
- 流行に敏感な幸朗は仮面ライダーの「変身!!」を叫んだり、間寛平のギャグを入れることもあった。観客の笑いは最高潮となる。
:「(幸朗)我侭勝手なことばかり申し上げまして(幸子ここで「わかってンのンかいな」の一言を挟む。)、お叱りの言葉もございましょうが、これは私の本心ではなく、相方生恵幸子の書いた筋書きでございます」「(幸子)嘘つけー、自分勝手にしゃっべてるんやないかぁ」「(幸朗)笑いこそ健康の栄養素!凝りと疲労の回復剤!」「(幸子)何ンや薬屋のオッサンみたいな事言うてんねエ」「(幸朗)笑え。笑え。笑う門には福来る。皆様のご健康とご発展とを心よりお祈り申し上げ、ボヤキ講座予定終了でございます」。
- 締めの一節は持ち時間により伸縮自在で、「わがまま好き勝手をしゃべって参りました。こんなおもろない漫才聞きとうないわ~い!というお叱りの言葉もなくご静聴賜りまして誠にありがとうございました」や、「これひたすら、私(わたくし)一人の人徳の致すところ~」のパターンもあった。
- 幸子の「泥亀!」の罵声は、持ち時間終了30秒前を幸朗に知らせる手段であったといわれる。番組収録の際、ADが客席の最前列で「終了何秒前」というカンニングペーパーを出すが、弱視の幸朗は舞台上からカンペが読めなかったため、幸子が客に気付かれぬよう時を知らせるフレーズとして用い、幸朗は合図に従いオチに移り出番を終えた。また、時折ストレートに「いつまでしゃべってンの。もう時間やし!」と言う場合もあった。
- ぼやきを看板にしているわけではないが、大木こだま・ひびきが、似たようなパターンのネタを展開する事がある。
:(ひびき)「いやぁ忙しくて猫の手も借りたいですわ」(こだま)「猫に手はあらへん、アレは前足や!」:(ひびき)「恥ずかしくて顔から火が出ました」(こだま)「顔から火なんてどないして出すねん!見たことないわ、見せてみい!!」:など。